「命」に直面する 

久しぶりの更新です。

4月に母が倒れ、病院と行き来する生活が始まり、
しばらく、そういう気分になれませんでした。
冷静ではあったものの、何でもないことが出来なくなり、

心がざわついていました。

そんな母もようやく
「奇跡の復活」と言われるほど回復し、

いろいろ目途もついてきたこと。
これから始まる介護生活への覚悟ができたこと
私なりの看取りの考えを改めるきっかけとなり
チャイルドケアの

「育む・見守り・看取る」の実践経験を

綴っていくことは私の役割でもあるので、

ブログを再開することにしました。
少しずつ、またいろいろ綴っていきたいと思います。

ということで
突然、4月の初めに母が倒れました。
その日の朝は、母はだるいと言って、
床に寝ころがってテレビを見ていました。

後姿をみて「大丈夫?」と声をかけると

「だいじょうぶ」と返事があったこともあり、
前日、良く動き回っていたようだったので

その疲れかと軽視していました。
夕刻になり、母の様子を見ると、
朝と同じように床に横になっていました。

台所を見ると、きれいな状態で
使った様子はなく、
そこで初めて「おかしい・・・・」と気づいたのです。
初めて、母のそばに寄り
「大丈夫?」と声をかけると
やはり
「だいじょうぶ」と。
明らかにおかしいので、
だるいならベッドで寝てないとと体を揺り動かすと
母は、全く動けず失禁もしていました。
朝からずっと倒れたままだったのです。

慌てて、救急車を呼び、
そこから入院。
その時点でいろいろ検査を受けて
そのときは心臓も脳も問題なく、「腎盂炎」というで入院。

ひどいものではないと安堵していたら、
すぐに肺炎を併発。毒が体にまわってしまったのです。
その後、呼吸不全となり、心不全となり
ついには人工呼吸器をつけねばならない状況になりました。
わずか2日かほどのことです。

数日前まで、元気に歩き回り、
近所のジムにも通うほど元気だった姿とは
似ても似つかぬ状態。
医師からは、延命をするかどうかの選択を
強いられるほどの状況になりました。

現実を受け入れることができず、
どこか遠いところで話をされているようになり
見るもの、聞こえるものに
すべてフィルターをかけられたような感じになりました。

それから、母の闘病生活が始まったのと同時に
私の中で「看取り」がすぐそばの存在となり、
机上の空論での学びとはまた違った経験が始まりました。