母国語の美しさの見直し

日本語って、今さらですが、日本の母国語です。
他国で使われることはありません。とても貴重な言語で日本の財産です。

しかし、その日本語の大切さやきれいな日本語を話す人は、減っています。

テレビで話すアナウンサーでさえ、
あまり美しい日本語を話しているようには聞こえません。

最近はおかしな日本語を使うタレントがもてはやされ、乱れを増長させています。

私も人のことは言えません。父に良く言葉遣いが悪いと怒られました。
父はとてもきれいな言葉を話す人でした。
そんな影響もあり、私の反省も含めて、
自分の子どもたちにはかなり気を遣ってきました。

言葉の乱れは心乱し、態度や行動も乱れていくものだと思います。

そのことが影響したのか、二人の子どもたちは言葉遣いが丁寧だとほめられます。

優しく丁寧な言葉は、信頼と安心を与えるので、

二人とも異世代交流も上手です。

この親にして良くできました(苦笑)

 

私も「ケア」の向上のため、様々な分野を学んでいますが、

発展した新しいノウハウよりも、基礎的なことに本質を知ることがあります。
これもいろいろ学んだからこそ気づけたことであり、
最初からわかるわけではありません。
そんなときに

ノウハウではなく、「言葉」そのものを見直すことにいきつきました。 

数年前より「俳句」を学び始めました。
そこで日本語の美しさを再発見しています。

最近は、テレビ番組の影響でブームになっていますが、
わずか17文字で表すことのできる世界観。
なかなか興味深く、奥の深い世界です。


そこで、言葉をどのように使えばいいのか、とても考えるようになりました。

ただツラツラだらだら言っても、伝わらないけれど、
的確な言葉は、耳当たりが心地よく、頭ではなく、心に響きます。
さらには、視覚的にも想像できるので、体全体に言葉を感じるのです。
日本語は素晴らしいです。

優しく、しなやかで、たくましく、
そして、ケアになる「音」も多く存在していることに気づかされます。
日本語は、五感で感じて生まれた言葉も多くあります。
その代表が「オノマトペ」。
擬態語とか擬声語と言われているものです。
諸外国から比べれば、日本のオノマトペは圧倒的な数です。

音のない何もない状態を「シーン」と漫画などで表現されますが、
あれはかなり世界に衝撃を与えた言葉だったと言われています。
音のないことまで「音」としてとらえ、言葉にしてしまったのですから。


最近は、母国語の習得もままならない子どもたちが英才教育で外国語を習います。
さらにはテレビやゲームから刺激的なスラングのような言葉を早く覚えます。

外国語よりも、流行の言葉よりもまず先に大切な母国語を教えることです。

しかし、最近のお母さんたちの井戸端会議を耳にすると

あまり美しい会話とはいえません。
いい大人が、学生のように

「マジで~」「ヤバいヤバい」「あ~ね」「〇〇じゃね」と
会話している姿は、決して喜ばしいものではありません。

言葉の乱れは、心を乱し、行動を乱し、さらには体も乱していくし、
すべてを乱していくことにつながります。

チャイルドケアの7つのコンセプトのひとつに「言葉を大切にする」とありますが、
それがどういうことを意味するのかもう少し考えていただけばと思います。

手技の技術やノウハウよりもずっと深いケアにつながると思います。

きれいな言葉は人をひきつけます。異世代交流だけではなく、
言葉の通じない外国人にもその美しさが伝わるように思います。
それは信頼ですね。動物にも通じます。植物にも。
美しい母国語である日本語をもっと自慢できるよう、
私たちも言葉をもっと大事にしていきましょう。

私も美しい日本語に触れると、
心洗われ、背筋を伸ばして、身を正そうと思うことがあります。
いかに自分の言葉が乱れているかに気づかされます。
日々の学びですね。

子どもたちには良い言葉のシャワーを浴びせましょう。