自分リズムで整える

今年も残すところわずかとなりました。
まだまだ師走なんて感じがしない…なんて言っていたら、
クリスマスも終わるとあっという間に年の瀬がぐっと押し迫ってきて、
急に世の中が忙しなくなります。
世の中に目を向ければ、その勢いにのまれて焦ってしまうし、
世の中を見ずにいれば、なんだか急に取り残された気持ちになるから、
この時期はなんだかワタワタします。

そう、私たちは自分ペースとこの世の中のペースというのに上手に乗ったり、
乗らなかったりと適度にバランスよくやっていくことが大切だったりします

自分のペースでやるのは、とっても楽です。
だけどそのペースだと、やっぱり浮いてしまったり、取り残されたり、
全然違う方向に自分だけが行ってしまうなんてことがあります。

それだと、あとから帳尻を合わせることに苦労します。

とはいえ、世の流れにのまれてしまうと、意味のない焦りや不安を抱え、
ただ追いつくことだけが目標になっていると、体裁だけは保っているけれど、
中身のない空っぽな自分に気づいたときに、ひどく悲しく空しくなることもあります。

私がそうだったから、そう思うだけなんですが。

だから、いろいろなペース、リズム、流れを柔軟に感じ取って、
緩やかにしなやかになじんでいくことが、必要に思うわけです。

それはどう身に着けていくのか・・・というのは、余裕をもつことです。

「そこがいちばん、難しいんじゃないの」って突っ込まれそうですけど。

余裕をもつためには、何もしない、考えない時間を作ることからです。
何かやっていたり、思考をめぐらせていたのでは、余裕はうまれません。

そう、難しくはないんですね。意外にシンプル。

ボォーとしていてもいいし、目をつむって音楽を聞いてもいい、
15分くらい横になって眠ってしまうのもいいでしょう。
このときは15~20分までです。

1日の15分~20分を、一度思考と行動のリセットをする時間にするとよいのです。

そのあとに改めてスイッチを入れるのです。

そうすると、不思議なほど切り替えられて、余計な不安や焦りは消えます。
さらに、思考はさえてきます。
だから、落ち着いて判断できたり、効率的に行動できたりするので、
ノンストップで動いているよりもずっとスムーズです。

ホントホント・・・・。

余計なことは「まぁいいか」って流せるようになって、
必要なことは順番立って考えられるようになります。
そうすると、「忙しい」「時間がない」という思いから作った負のエネルギーで、
身動きが取れなくなっていたことに気づくはずです。
そう、時間という枠に自分ががんじがらめになっていて、
有効に使えなくなってしまっているだけです。

「忙しい」といえば、なんだかできる女、頑張っている母、
しっかりしている妻のつもりでいられるんです。
だけど、それが大きな勘違い。
都合のいい「言い訳」そして、余裕を作れない状況にしている原因。
私も少し前はそうでした。人に会うと必ず「忙しいんでしょう?」と言われるほど。
「忙しい」がイメージなっていたくらい。
自分を「忙しい」で守り、ごまかし、不安と焦りであえて忙しくしようとしてました。

「忙しい」という枠の中で考えないことです。
まずやることを決めることです。
そして、「やらなくてはいけないこと」という縛りをつけないことです。
「いけないこと」となるから、罪悪感をもってしまうのだもの。
やらなくてもいいことも入っているんです。
自分で勝手に「やらなくてはいけない」という括りでしばりつけているから苦しいんです。
自分のできる容量を確認しないといけません。

許容を超えて行えば、やっていることも質の良いものではないです。
とりあえず体裁で、自己満足に終わるけど、結果的にまた同じことで苦しみます。

そんな自己満足は、意味があるのかしら?

その時だけはいいけど、
ずっとそんなぎりぎりに間に合わせていくようなことをやっていけば、
しんどくなるはずです。いや、しんどいんです。
「しんどくない」って言ってしまうのも、自分をごまかす悪いクセ。

私もそうでした。若さゆえにスピードも重視してましたけど、
スピードは、普段の生活にはあまり関係ないです。
何かを競ったり、タイムを計って、記録を残す人には必要ですけどね。
日々の中ではあまり意味がないように思います。

私は、自分でどちらかというと、せっかちで物事をサクサクこなす方で、
自分のペースは速い方だと思っていました。
それが良いことだという勘違いもしてました。
でもね・・・・
自分の心地よいペースって、意外にもかなり、ゆっくりでした。
それに気づいて、行動するようになったら、意外な良いことが起こりました。
不思議と持病の神経性胃炎が無くなりました。
20年以上、しんどかったことが無くなりました。薬じゃ効かないわけね。
それと、からだの冷えも落ち着きました。
結局、無理なリズム合わせは全部ストレスでした。

それで本来のリズムに気づいたら、いろいろなリズムが整いだして
自律神経も整ったんでしょう。
ちなみに更年期の年齢だけど、
まったくもって更年期障害の気配はありません。

 

それと、案外にもゆっくりでもきちんとたっぷりできるってことです。
急いでやればたくさんできると思っていたけれど、
雑だし、二度手間になることも増えるし、
度忘れもあってワタワタしていて、他のことがおろそかになって、
結局時間はかかっているんです。
ゆっくりやっていると、そんなことはなくなります。
人は生きていくことでこんなにもさまざまなリズムに影響されていることに気づきます。
まずは自分のリズムを知ることで、
他のリズムとも上手に共鳴したり、調和したりするんですね。
自分のリズムを知って、もっと生きやすくしてみてもいいかもしれませんね。

いろいろな悩んでいたり、痛みを持っている人は、
どうもご自身のリズムと合っていない行動をされているように思うのです。
だから、不安定で、リズムの悪い生き方になってしまうのではないかと。

もちろん、やらなくてはいけないことはありますから、
それをやらないということではありません。
やることはできるようになるし、やらなくてはいいことは処分できるし、
やりたいこともできるように切り替わるんです。

自分が一番心地よいリズムで動けるということは、
周りとのリズムにも上手に合わせられるようになるから
行動そのものが、もうハーモニーです。
ときに、バラードで、ワルツで、行進曲で・・・・・。
生きているもの、生活には、すべてリズムがあるんですね。

 

そうそう、最近のおすすめは、脈をはかること。
自分の手首に指先をそっとあてて、自分の脈を感じてください。
まずそこから。
ドクンドクン・・・・。

気づけないようでは心の焦りが強いです。
自分の脈を感じ、心地よいリズムだと感じていれば大丈夫。リズムはとても大事です。

リズムを整えて、良い年をお迎えください。

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自分の「軸」

 タイトル通りのことですが、

自分の生きる指針、自分の「軸」を持っていますか?

持っているならば、

その思いで行動していますか?

軸を高める努力していますか?

その思いと行動に自信をもっていますか?

インターネットの普及でSNSやブログで、

自分勝手に言いたいことが言える世の中だけれど、

その多くは情報に流されているものばかりで、一時的なものに感じます。

影響力のある人が何かをいいとすれば、たちまち影響され、

それが冷めた頃には他のものを探して乗っかる。

表面的にワイワイと盛り上がっているけれど、
本当に良いかどうかはわかりません。

自分の生きる指針というと大げさですが、

自分の好きが分かっていること、

自分の目的が分かっていること、
自分の中の是非があること、

自分の中の基準があること、

つまりその軸が判断基準になるので、迷いや焦りも軽減され、

とても楽になります。

情報が多くなって流されやすくなっているからこそ、

とても必要なことだと思います。

多数決で多いことが良いとされることもあるけれど、

少数の中にも良いこともたくさんあります。

最近はマイノリティーという表現をしますが、

少数だからといって間違ってもいないし、否定するようなことでもありません。

自分の中で軸を持っていれば、少数でも共感できることはあります。

逆に公平に物事を判断することもできます。

世の中は、情報だけではなく、モノやツールが増え、

さらには好き勝手なルールや資格を作ることで、

かえって自由を奪い、縛っているようにさえ感じることもあります。

軸がない人が多いから、ルールにはめるのは簡単なのかもしれません。

派手な告知をしたり、大勢をあおってひとつのブームを策略的に作ることで

さも良いことのように見える演出もあります。

軸を持たないと、すっかりそのブームに巻き込まれて
よいカモにされてしまいます。

また、せっかく手にした良いものも、せっかく知った良い情報も、

受け取るだけでは使いきれていないこともあります。

そこには自分の「意志」でどう扱うかという「軸」が必要だからです。

この軸こそ、自分の生き方に関わること。

モノやツールや人から縛られるルールに振り回されるのではなく、

自分ルールで上手に扱えるようになることが大切なのです。

それが本来の「知恵」のはず。

知識を持っている人は増えているけれど、知恵を持っている人は少ないです。

知恵は教わることよりも、自分で見つけていくものだと思います。


子育ては、初めてのことばかり。だからこそ情報に流されがちですが
自分の子育ての「軸」を作ることです。
それが、何よりも子どもを守ることになると思います。

チャイルドケアは、子育ての「軸」の一つを提案しているもので
ツールや方法ではありません。
何を選ぶか、どんな方法でやるかを選ぶ力をつけるもの。
チャイルドケアを立ち上げたときからその思いは変わりません。

自分が選んだものを信じて継続していくこと。
そうすることで、少しずつ自分軸の年輪は大きく広がります。
不安や焦りの中でも信じてきたものは、
必ずたくましく強くなっています。
チャイルドケアの7つのコンセプトは、私の軸です。
私を強くしてくれました。
 

自分の思いを大切に。
その思いが「軸」になる学びと経験を重ねてください。

 

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私の母

子育ての悩み。

どの時代でも子育てに悩みは尽きない。
私の母も、私を育てるのに、相当苦労していたように思います(苦笑)

 母曰く、
「あなたは、フツーなことをしない子だった」と。
そして、
「フツーで良かったのに、いつもとんでもない変化球が投げられてくるから
パパもこの子は育て方に気を付けないと大変だよって言ってたわ」って。

さらに

「小学校に入った最初の担任の先生からも『こんな子いままでいなかった』って
怒られたんだから。人の子に向かって失礼しちゃうわよね」って

子どもかわいさに全然反省しないところが母らしいけど。
でも母は、いろんな子がいるのに、その枠で当てはめている先生の考え方に
疑問を持ったようです。教師歴30年で自信があったんだろうけど
そういうの古いって。いつも新しい感覚を持った人です。

 

そして、


「今の時代に育ててたらノイローゼになってたかもしれない」と。


その理由は、


「情報が多いし、何かと子どものマイナスな部分をみつけて
あら捜しするみたいに、よってたかってみんなが言うじゃない。
あなたなんかもう、何言われたてたか わかったもんじゃないわよね。」

そして、

 

「パパが、この子は私立に入れて、少し厳しく抑えておかないとダメっていうから

受験させて、中学高校と私立学校に入れて何とかなると思ったけど、

廊下に出されて立ってたなんてこともあったし、校長先生に謝りにも行ったし、
校風に合わないとか言われたりして、散々だったし、笑いが尽きなかったわ」って。

散々だったと思っても、大変だったとは言わないところが母のすごいところ。
 
そして、


「そんなあなたが、子育てのお母さんたちに教えてるんだから、
まったく世の中どうなってるのかと思うけど、
やるだけやってみるといいわね。そうやってきたんだから」と。


 そして、

 

「でもね。あなたの子ども二人、あんないい子に育ったのは

私のおかげ。おばあちゃんがいいから、いい子に育ったの。これ忘れちゃだめよ」

だって。

 

母は、前向きな人です。体はさすがに老いてきているけど
生き方というか精神が健康な人。

だから古い観念にもとらわれず、いつも勉強していて
思考の新陳代謝が出来ているので、

子どもの私たちの方が、頭が固くなっていることもあります。

 そんな母が涙しているのを見たのは2回だけ。
父が病気になり、余命告げられ、私たちに知られないようにお風呂で泣いていたとき。

そして、

父が亡くなったとき。

 

それ以外は、基本的に笑ってます。

この母にしてもらってきたことが、私の子育てにもつながっています。
母を越えられないことが

私の自慢。

子どもを信じて、子どもを認めてくれているだけなんだけど、

それがとても大きかったと今さらやっぱりありがたいと思います。

そして、

自分の子にもそうしてきたつもり。

だから、

たくさんのお母さんたちにもこのことを伝えたい。

子育てに、メソッドなんか必要ない。

誰かのための子育てじゃなくて、
人の目を気にするのが子育てじゃなくて
「子ども」をただ信じて、一生懸命育てるだけです。

それは親ばかだけど、バカ親じゃないと思います。

信じてくれている人がいると、

自然にその人が喜んでくれることをしたいと思うから

人の道に外れることとかは絶対にないんです。
自分に自信ももてるようになるから
人にも優しくできる人になるんです。

 

恥ずかしながら、身内ネタでした(*ノωノ)

ちなみに、自然療法は、母にしてもらってきたこともベースにあります。
40年以上も前からハーブティを飲んだり、玄米食だったり
あらゆる健康法を試されて育ちました。
このお話はまた今度。
 
 
 
 
 
 
  

 

 

 

 

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自然療法って

自然療法という言葉は、すでに一般的になり、

「何それ?」とは

言われなくなりました。

なんだか体に優しそう、

良さそうという

やわらかい感じもありますが、

最近の「自然療法」って、ちょっとニュアンスが違ってきています。

 

 私の場合は自然療法として

アロマセラピーやハーブ、フラワーエッセンスを使い ケアをしていますが、

目的は心をからだのバランスを図るもので利用しています。

そしてさらに、それは、心身を整えることで、免疫が高まり、

自然治癒力につながるからです。

そう、この目的は20年前から変りません。

 

だけど、最近は○○に効果がある、○○が治る目的ということで

すっかり西洋医学的な自然療法が巷では多くなっています。

でもそれは自然療法というよりは、自然素材を利用した自然医学。

英語でいえば自然療法がナチュロパシーで、

自然医学はナチュラルメディスン。

 

全然違うモノなんですね。

それがなんかごちゃごちゃになってる。

求める人も提案する人もそのへんの境界線がわからないでいるように見えます。

 

自然療法は極端にいえば何もしなくていいんですから

、 逆に最強のケアだと思っています。

 

何もしない・・・・ とは、

 

特別なことをしなくてもちゃんとからだが反応するということ。

 

心がちゃんと感じていることだと思います。

 

だから何もしないというのは、放棄しているわけでも、

関心がなくなったわけではないんです。

ここも勘違いされるところですが。

 

何もしなくても心とからだが、

その場やその空間、状況に合わせて

ちゃんと呼応して整える力を持っているということ。

 

悪いものは出し、良いものは吸収されます。

 

別に口から入れたり、肌にすりこむ必要もない。

そんなことをしなくても私たちは吸収も排泄もできているのだから。

 

そういう意識を作ることです。

 

そしてその意識から、

まず何もしないでもいいという状況、

それは、

何もせずに自然に反応し整えることが出来る状況

それをトレーニングしていく必要があります。

 

一粒飲んで治るとか、このアロマ使えば治るとか

そんな簡単じゃないんです。

 

トレーニングとは日々の生活。

それだけのこと。

その日々の中に何をしているかが、全部関係しています。

 

それが自然療法のすべて。

 

自分に合っているものを摂取し、行動していけばいいんです。

簡単そうに見えるけど、なかなかこれがわからない。

情報に左右されているから、自分で決められないのです。

わからないとサクサクと検索しちゃうんですね。 

 

それじゃあ全然ダメ。

 

合っているかどうかは、経験が必要。失敗も含めて、

あぁこれが自分に合っているっていう瞬間を作っていくこと。

ヘレンケラーのように「うううっおおぉおたたたぁあああーーー」って

いうような感動が体に染みわたり理解につながるんです。

 

そうじゃないのかな・・・と思うこの頃です。

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再び、ブログ始めます

改めて・・・・

11月1日という気持ちの良い数字が並んだ今日、

改めてブログを始めます。

 

私場合のブログの利用は、

自分の思考整理や活動を客観視するためのもので、

特に営利を目的に宣伝したり、

告知することをメインにしているわけではありませんので

相変わらず時々毒づきます。

 

その正直すぎるスタイルが良いと言ってくださる方もいるので、

15年以上綴ってきたかいがあります。

 

それまでは、いろんなことを言う人もいますからね。

腹も立てたり、めげたりもしてきましたが、免疫もついた感じです。

 

発信しているからにはそういうリスクもありってことです。

そんなわけで、私の活動も来年で20年になるので、

改めて自分のライフスタイルになる

命のケアである「チャイルドケア」のことをメインに綴っていこうと思っています。

アロマやハーブを子どもに使うことだけを

いまだに「チャイルドケア」だと思っている方もいらっしゃるので、

それはそれでよいのですが

もっと深めていくことで チャイルドケアの普遍的なものに

気づいていただけるのではないかと思っています。

 

といっても、まだまだ私も学びの途中ですから

相変わらずのとんちんかんなことも綴ることと思いますが、

そこは笑って流してください。

 

大切なのは「チャイルドケア」というものを もっと私なりに大切に育てていきたい。

もっとその可能性を見つけたい。

その思いが再びの原動力になっています。

 

どうぞごひいきに(笑)

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